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昭和55年

昭和55年の歴史



昭和55年には、こんなできごとがありました。

・竹の子族流行

・漫才ブーム



【昭和55年の音楽 】

80年代アイドルブームが到来し、松田聖子や河合奈保子・柏原芳恵、
さらに人気テレビ番組『3年B組金八先生』の生徒役だった(たのきんトリオの)
田原俊彦・近藤真彦や三原順子などが相次いで、歌手デビューした。

イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の欧米での人気がこの年日本にも飛び火。
テクノポップブームが巻き起こる。

もんた&ブラザーズ 『ダンシング・オールナイト』
クリスタルキング 『大都会』
久保田早紀 『異邦人』
海援隊 『贈る言葉』
ロス・インディオス&シルビア 『別れても好きな人』
オフコース 『さよなら』『Yes-No』
シャネルズ 『ランナウェイ』
田原俊彦 『哀愁でいと』『ハッとして!Good』
松田聖子 『裸足の季節』『青い珊瑚礁』『風は秋色』
谷村新司 『昴』
長渕剛 『順子』
竹内まりや 『不思議なピーチパイ』
ジューシー・フルーツ 『ジェニーはご機嫌ななめ』
五十嵐浩晃 『ペガサスの朝』
五輪真弓 『恋人よ』
八神純子 『パープル・タウン』
さだまさし 『道化師のソネット』
山口百恵 『さよならの向こう側』
沢田研二 『TOKIO』『恋のバッド・チューニング』 など

【昭和55年のベストセラー 】

向田邦子『思い出トランプ』
山口百恵『蒼い時』



【竹の子族流行】

竹の子族(たけのこぞく)とは、1979年頃から1980年代前半にかけて流行した、
東京・原宿の代々木公園横に設けられた歩行者天国でラジカセを囲み、
ディスコサウンドにあわせて独特の「竹の子族ダンス」を踊るという風俗
またその参加者の総称。

グループのメンバーは主に中学・高校生。
週末には関東近郊から集まった。

「竹の子族」の若者たちで原宿歩行者天国(ホコ天)は溢れかえり、
そのブーム最盛期には2000名以上の竹の子族が踊っていたという。

ラジカセから流す曲は主にディスコサウンドで
(「アラベスク」「ヴィレッジ・ピープル」「ジンギスカン」等の
80年代キャンディーポップス)で踊っていた。

グループ名として一日一善・乱奈阿珠・不恋達・幻遊会・裟汰泥夜・流紫亜犯・婦禁・一心会・呪浬悦賭・魔呪夢亜・英雄・麗羅・夢英瑠・異次元・龍虎舞人・愛花夢・嫉妬心・憂斗妃鳴・エンジェルス・愛愛・竹取物語・エンドレスサマー・獅利亜巣・琉珠・唖朶琉斗・レイダース・魅孤斗・加速装置などが有名。
この命名傾向は後の暴走族の隊名そのままである。

竹の子族の衣装は原色と大きな柄物の生地を多用したファッションで、アラビアンナイトの世界のような奇想天外なシルエットが注目を集めた。化粧についても男女問わずやはり多くの注目を引こうと鮮やかで強烈なメイクをしていた。

その衣装の頒布元が、「ブティック・竹の子」(1978年オープン)であったことが「竹の子族」の由来。

街頭や路上で若者グループがディスコ音楽に合わせてパフォーマンスを表現するブームの先駆けとなった。

若者集団の文化、ファッションとしても、1970年代の後半で注目されるキーワードのひとつ。

タレントの清水宏次朗や(故)沖田浩之も街頭でスカウトされて芸能界へデビューしている。
若い世代では深津絵里も参加者であった。


【管理人の昭和55年】

管理人小学6年生。
テレビの「ザ・ベストテン」が小学生の間では大人気。
管理人は、クリスタルキング 『大都会』 が大好きでした。
(直径30センチもあるLPレコードを、小学生の少ないお小遣いから
買って、父親のレコードプレーヤーで聴いていたものです)

山口 百恵の引退コンサート映像も、よくテレビで流れていました。
当時は、アイドル歌手全盛の時代で、
小学生の管理人には、山口 百恵の大人の魅力は
いまいちよくわかりませんでした(^^;)

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