
昭和44年には、こんなできごとがありました。
・東大安田講堂陥落など紛争鎮静化
・テレビアニメ「サザエさん」放送開始
【昭和44年の音楽】
夜明けのスキャット(由紀さおり)
ブルーライト・ヨコハマ(いしだあゆみ)
長崎は今日も雨だった(内山田洋とクール・ファイブ)
港町ブルース(森進一)
時には母のない子のように(カルメン・マキ)
風(はしだのりひことシューベルツ)
恋の奴隷(奥村チヨ)
グッド・ナイト・ベイビー(ザ・キング・トーンズ)
いいじゃないの幸せならば(佐良直美)1969年度日本レコード大賞大賞受賞曲
夜と朝のあいだに(ピーター)1969年度日本レコード大賞最優秀新人賞受賞曲
【昭和44年の映画】
邦画
心中天網島
男はつらいよ
ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃
ガメラ対大悪獣ギロン
洋画
女王陛下の007[英]
明日に向かって撃て![米]
華麗なる週末[米]
真夜中のカーボーイ[米]
イージー・ライダー[米]
【昭和44年の流行語 】
あっと驚くタメゴロー
エコノミック・アニマル
ニャロメ
オヨビでない
ハレンチ
オー、モーレツ!
やったぜ、ベイビー
はっぱふみふみ
クリープを入れないコーヒーなんて
ゲバ棒
【テレビアニメ「サザエさん」放送開始】
『サザエさん』は、長谷川町子の漫画、およびそれを原作とするテレビアニメの題名であり、その主人公である子持ちの若妻「フグ田サザエ」の呼び名である。
原作漫画は新聞連載の4コマ漫画である。第二次世界大戦後間もない昭和21年(1946年)4月22日、福岡の地方新聞『夕刊フクニチ』(夕刊)で連載をはじめたものの、長谷川町子が上京するために連載をひとまず打ち切らせた。漫画の舞台は九州・博多でサザエは独身だったが連載を打ち切るときにサザエがマスオと結婚している。長谷川町子の一家が東京の桜新町へ引っ越したあとは、再び『夕刊フクニチ』で連載を再開。サザエさんの舞台も東京へ移り(モデルは、東京都世田谷区の東急田園都市線桜新町駅から少し歩いた場所=現長谷川町子美術館付近)、サザエの伴侶・フグ田マスオが磯野一家に同居する(現在の長谷川家は東急田園都市線の沿線で桜新町の隣駅の用賀にある)。
掲載紙は間もなく『新夕刊』に移り、『夕刊朝日新聞』(朝日本紙とは別扱の新興紙)・『朝日新聞』の夕刊を経て、昭和26年(1951年)4月16日からは『朝日新聞』の朝刊に移るが、作者の一身上の都合や病気でたびたび休載になることもあった。昭和49年(1974年)2月21日の連載をもって3年間の休載に入りそのまま打ち切られているため、この日が最終回となった。原作漫画は連載が6477回、25908コマに及んだ。
長谷川町子の作品の出版は、作者の町子と姉の毬子が共同で設立した姉妹社が独占しておこなってきたが、町子の死後の1993年4月に姉妹社が廃業し、すべて絶版となった(版権は財団法人長谷川町子美術館が継承)。しかし、のちに朝日新聞社から文庫本(全45巻)と「長谷川町子全集」が出版されている。なお、本作の単行本の出版に際しては、新聞掲載前日に起こった出来事の理解が必要な回、初期連載作品で現在とは登場人物の設定が異なる回、やむをえない理由で(単行本として後世に残すには)不適と判断された回などは省かれている場合があり、その数は700本以上にも上るという。これらの約7割は図書館などの新聞縮刷版で見ることができる。なお、朝日新聞版でも姉妹社版から若干の作品が省かれている。
ストーリー漫画ではなく、一貫した舞台、人物が登場する比較的独立したエピソードからなるものである。時代背景を象徴する内容が多いのもひとつの大きな特徴である。
姉妹社版、朝日新聞社版を合わせた漫画本の発行部数は8600万部以上に達する。日本の新聞連載漫画としては最大のベストセラーといえる。
また、アメリカでも、The wonderful world of sazae-sanというタイトルで翻訳出版され、人気を博した。その際一部のコマが反転されている。
【管理人の昭和44年】
管理人1歳。
この年、上の弟が生まれる。
記憶はほとんどありません。
年子の兄弟を育てた両親は大変だったろうなと思います。
(子供の親になった今でこそ感謝できますね)
風(はしだのりひことシューベルツ) は、
リアルタイムで聴いていたわけではないのかもしれないけど、
今でも好きな曲のひとつです。

