
昭和35年には、こんなできごとがありました。
・ダッコちゃん発売(180円)。大ヒット
・安保闘争が空前の高揚
・カラーテレビ本放送開始
【昭和35年の音楽】
三橋美智也「達者でな」
橋幸夫「潮来笠」
赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」
西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」
森山加代子「月影のナポリ」
坂本九「ステキなタイミング」
【昭和35年の映画】
最後の航海
【安保闘争が空前の高揚】
安保闘争(あんぽとうそう)とは、1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)、1970年(昭和45年)の2度にわたり、日本で展開された日米安全保障条約(安保条約)に反対する大衆運動の事。
60年安保闘争の経緯
1959年(昭和34)
3月 - 日本社会党、日本労働組合総評議会(総評)、原水爆禁止国民会議(原水禁)などが安保条約改定阻止国民会議を結成。
10月 - 社会党の西尾末広が改定阻止国民会議に反対を表明し離党。
11月 - デモ隊が国会構内に乱入。
1960年(昭和35)
1月19日 - 日米政府間で条約調印。
1月24日 - 西尾末広らが民主社会党結成。
4月 - 全学連が警官隊と衝突。
5月20日 - 衆議院議院で強行採決。以降、連日デモ隊が国会を囲む。
6月11日 - ハガチー事件(大統領秘書が来日するが、羽田でデモ隊に包囲されヘリコプターで脱出)。
6月15日 - 全学連と警察隊の衝突で、大学生樺美智子死亡。
6月17日 - 在京新聞7社が共同でデモ隊の暴力を批判、社会党の国会復帰を呼びかける。
6月19日 - 条約が自然成立(23日に発効)。
6月23日 - 岸内閣総辞職
【管理人の昭和35年】
母は、札幌のレストランで働いていました。
月給は1~2万円くらいだったそうです。
お休みの日は、生バンドで踊れるダンスホールが
流行っていて、時々行っていたとか。
当時、橋幸夫のファンでよく聞いていたそうです。
お化粧は、つけまつげが流行っていました。

